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仁平はちょびに食べ残しの魚を与えると、縁側に座ってお茶を飲んだ。田のあちらこちらでは、牛が活躍する光景が見られた。稲刈りから稲はち、籾すりと一連の作業が終わってしまうと、暖かいこの地方では、裏作の準備にとりかからなければならなかった。
地面が丸出しになった田圃の向こうに、深まる秋にたけっていく山並みが広がっていた。縁側からその悠然とした自然を眺めていると、身体のまわりを素通りして吹く風を今日も感じた。裏切られたという思いがして、大きな作業をやり終えた安堵感が湧いて来なかった。
(あれは、切り倒された木の跡やろかのう)
覆いつくす木々のなかに一か所だけ、山肌が露になった小さな窪みが目にとまった。
(いつからあったんやろかのう)
今まで気づかなかった自分を可笑しく思うほどであったが、最近出来たものでないことは見れば判る。はだけた小さな空間は、木々の緑に馴染めない異質のものである。仁平はそこに他人の中に入りまじって、健気に働く千代がだぶって見えた。彼の所には葉書一枚こなかった。
(人ってわからないもんや……)
都会に出た千代と、畑の上で「ここが一番いい」と言って、涙ぐんでいた姿とが重ならなかった。黙って出て行きながら、三か月近く経ってから手紙を寄こした意図も解せなかった。食事を終えて、右手で顔を撫でまくりながら、魚の臭いを消しているちょびを相手に、自分の思いを話すわけにはいかないが、還る所を自ら捨てた千代の選択にはついていけないものを感じた。
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